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十勝でマッドマックス

先日、クレジットカードのポイント+キャンペーンを利用すると、実質タダで旅行出来る状態だということに気づき…
ちょうど奇跡的にふたりの休みが重なっていたのもあり、久々に妖精さんと十勝へ一泊の旅へ行ってきました🎵
道中、道の駅スタンプラリーのため、道の駅でスタンプを集めながらの旅。
道の駅夕張メロードにあった、まさにメロンっぽいメロンパン↓
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これ、二つのメロンパンにたっぷりのメロンクリームが挟んであるんですよね。
クリームには細長いT字型のパンでできたヘタが突き刺さってます。
ちゃんと本物のメロンのように緑色の紙パックに載せてあるのも面白い🎵
ふたりともお腹が空いていたので、ふたりで半分にして食べました^^*
見た目のインパクトだけでなく、カリカリのメロンパンにフルーティでまさにメロン味のクリームが挟まっていて、とっても美味しかった!!
後でネットで調べてみると、どうやらこれは人気商品らしいですね。
このメロンパンを買う為に並ぶほど混み合う日もあるんだとか。
このボリュームに美味しさを考えると、確かに納得かも…。
十勝ガーデンズホテルに到着。
宿泊プランの価格があまりにも安かったので、ボロボロのビジネスホテル的な感じなのかな…と実は期待してなかったのだけど…^^;
想像していたホテルより遥かに綺麗で呆然。
晩御飯は近場のびっくりドンキーで食べて、早速ホテルのモール温泉に浸かり(てっきり勘違いで露天風呂付きだと思っていた露天風呂はないです)、お肌ツルツルになったところで妙にテンションが上がってきたので、ちょっと2人でホテルの外を探検。
宿泊プランに映画見放題が組み込まれてたので、映画観賞用のお菓子をコンビニで仕入れ、
マッドマックス 怒りのデスロード」を鑑賞。
IMG_5567.jpg
(↑かなりくつろいでおります)

マッドマックス、公開当初のみんなの白熱ぶりを冷めた目線で見てましたが…。
これは………ヤバすぎだろ!!
前作品の何倍にも増したヴィジュアルの力の入れっぷりが半端ない。
もう、カーチェイスやら何やら盛りだくさんすぎて、こんなの見ちゃったら眠れないレベルでボルテージもMAXに…
さらに調子に乗って普段飲まないコーヒーを飲んでしまった為、目がギンギンに冴えてしまい…
テンションが上がりまくった状態で
「あの棒飛び人間何?何あの動き??!!!」
「輸血袋!!!」
「ギターから火が!!」
なんて叫びながら、熱狂!
口にシュシュシュってするスプレー行為の神風特攻隊的な忠義心と男気に感じ入ったり…
たぶん暴走族とかに影響受けてるんだろうけど、日本的な共感ポイントが多い気がする。
何よりも衝撃的だったのは、今までのマッドマックスで主人公だったマックスが、今作品では脇役となって女性達のサポート役として活躍しているということ。
戦いと略奪に満ちた野蛮で男性的な世界に、産む機械として支配されてきた女性たちは、逃亡の末に独裁者を打ち倒し、新たに女性であるフュリオサの統治がはじまる。
これは女性性解放の未来神話なんだなぁと、ひどく感動。
なんだかもう興奮しまくりのお泊まり会の子ども状態で、寝入ったのは5時頃…
結局3時間しか眠れませんでした…チーン。
寝不足でぼーっとしたまま朝風呂に入り、
朝食を食べにレストランへ…。
あれ??朝食付きのプランじゃないだって?!
朝食付きのプランで予約したつもりでいたけれど、どうやら間違えて素泊まりのプランで予約してしまっていたらしい…
朝食を楽しみにしていただけに、ショッキングな事実に凹みまくりながらも車で出発。
なんとなく気になっていた帯広競馬場に寄りました。
実は今まで一度も競馬場という場所に入ったことがなかったので、一度見てみたかったんですよね🎵
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トロイの木馬的な危険な感じを醸し出してる、赤い木馬オブジェ。
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一瞬目を疑ったけど(^^;;
これは罰ゲーム用だよね⁉️
(ビンボー旅行なので、食べるほどの予算と動機ナシ)
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競馬神社。
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奥の方にはふれあい動物園的なものがありました。
羊やポニーちゃんがお食事中。
この羊、今まで会ったどの羊よりも人懐っこいお茶目な仕草で近寄ってきて、物言いたげな情感豊かな目で語りかけてきて…本当に連れ帰りたいくらい可愛らしい羊さんでした
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ひどく寒かったのでしぶしぶ早めに競馬場から引き上げ、
朝ごはんを食べてなかったので、途中の道の駅(ピア21しほろ)で牛コロッケを食し↓
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道の駅巡りをしながら帰路に着きました。
なんだかいつもに増して色々とボケまくりな旅でしたが、マッドマックスな旅として一生記憶に残りそうな小旅行になったなぁとw
また旅行に行けるように、頑張ってポイントを貯めよう🎵
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第7回 札幌国際短編映画祭2

つづき…

面白かったので、続けてI-Dを鑑賞

映画好きもびっくり I-D

グルコース


部屋の中に水草水槽持ち込んで自然を再現したり、盆栽とか日本庭園とか箱庭的な人工自然を身近に作り出して楽しむのが好きな、日本人的な感覚の作品だなぁ~と思って観てましたが…

フランスの方の作品だったよう。
まぁ、水草水槽の発祥の地といえばヨーロッパだけど、この部屋の中へ溢れ出していく自然っていうコンセプトって逆説的で面白いなぁ


ライトイヤーズ


これは面白かった
オープニングはハリウッド的に洗練された映像の普通のSFなんだけど…え?!そうくるの?ってストーリー展開に仰天w

以前書いたけど、この話はモロに「死ぬ準備をするための映画」そのものでした

まさに主人公が受け入れなければならなかったのは自らのだったのだから。


マーダー・マウス


この作品が一番衝撃的でした!!
肉食についてのドキュメンタリー。

我々人間がは家畜と呼ばれる動物たちを精肉して食べている訳だけど、実際スーパーに並ぶ肉はパッキングされていて生きていたようには感じられない。

元は生きていたのに…。
生きている彼らに会って、実際に自分の手で殺して捌いて食べてみよう!って思い立ったマデレイヌ・パリさんの作品。

野菜、魚、鶏、羊の順で殺していくのだけど…羊はかなり酷かった(T_T)
悶え苦しむ羊の首を、切れないナイフで切り取っていくシーンはあまりに酷くてゾッとしました。

本当の映像だってのもあるし、自分が殺してる気分になるのもあるけれど…それにしても酷かった。悶える羊を観ながら、知らず知らずの内に泣いている自分に気づきました。

本来はこうやってむごたらしく凄惨な血みどろの殺戮の後に、やっと美味しい食事タイムになるのが普通のハズなんだよなぁ…

そう考えると、本当に必要な時じゃないと肉は食べたくないよなぁと心の底から思った…のだけど

実際、普段我々は肉を流れで何気なく口にしている訳で…こうやって殺されていった動物たち、彼らの恐怖と苦しみをリアルに思い出しながら食べるのが礼儀というものだよなぁと、シミジミと感じ入りました

映像作品を観たってだけで、実際に自分で殺した訳ではないのだけど、それでもかなり感慨深い体験をさせていただきました…orz

こういう実態を見て突き詰めて考えていくと、殺戮を避けたいって意味ではやはりベジタリアンになりたくなるってのが本音です。でも植物だって食べられるために苦しむ訳だから(私たちには分かりづらいけれど)ベジタリアンになっても結局殺戮には変わりないってことだし。

感謝して、彼らの生前の姿を思い出して泣きながらいただくってのがこの世界での常識であって、礼儀だってことなんだろうな。

どれも命あった食べ物たち。自分の父や弟、愛する家族を食べるかのように食す、ということか…。


群れ

虫嫌いの人には、かなりゾッとする作品だったんじゃないでしょーか?

虫好きで、共感力のない子供嫌いな私のような人間にとっては、愉快なブラックコメディでしたがw

虫を叩きつぶしまくる怪物幼児が、徐々に虫たちに侵されていき…最期には…((゚゚((Д))゚゚))ガクガク

とてもじゃないが、言えない

…そして、人気の失せた大自然の静寂さ。人間などいなくても、森にはすべてが満ち満ちている…w


エンド・オブ・ザ・ワールド

捻りも何もないタイトルですが…

そのままです。
もっとそのエンドになる過程を緻密に描いてくれたら嬉しかったなぁ神秘的で美しい映像世界だっただけに、そこが残念です…

先祖から伝わる不思議棒(ダウジング)を使って水脈を探し出そうとする主人公。

しかし…掘り出したものは…欲望を呼ぶ物質"金"

欲に我を忘れて掘り続けようとする相棒。罰当たりだと、辞めさせようとする主人公のおじいさん。

夜空の星々が消えてゆく…。

そして、この世界の星々(希望の象徴)も消えていくのか!?

う~ん…でももし、夜空の星が何もなくなったとしても私は絶対に諦めないと思う。
星が自分の中に存在する限り。


静寂


異色の作品。トルコの社会派映画でした。

どうもトルコの囚人事情とか民族問題に疎いせいで、イマイチ背景が読み取れなかったのだけど、現実問題としてこういう〔トルコ語しか話してはならない〕っていう少数民族弾圧というか、異民族差別のようなものが存在しているんだなぁと。

もっと勉強が必要だなぁ。
世界は広いけれど、多民族間の弾圧や差別はどこもかしこも溢れかえってるし。そういう対立するように出来ている世の中だから仕方ないと言えばそれまでだけども。民族間に限らず、お互い相手の異質な部分とどうにか共存していく道は理解しかないんじゃないだろうか。

理解し合うのには、密なコミニケーションが必要で、それには思い込みを乗り越えて相手の本当の姿を見る努力が必要。

なによりも、未知のものへの恐怖を乗り越える勇気が必要だと思うけれど、突然そんな勇気を持つ者の方が少数だっていうのは分かり切っているから、少しずつ正しい知識を広めていく道が妥当なんだろうな。

問題はとても複雑化しているのだろうけど、本当に腹を割ってお互い相手の生活や問題を一緒に相手の立場になって体験すれば、私は理解し合うことは可能だと思う。

第7回 札幌国際短編映画祭1

行ってきました映画祭
前回行ったのが2006年だから…もうあれから6年もの月日が流れたんだ

そんなに経ったなんて信じられないなぁ…せいぜい3年前くらいかな~と思ってました(^^;;

歯医者の後、唐突に思いついたのでひとりで直行。

F-A フィルムメーカー部門Aを鑑賞。

★モハマドレジャ・ハジポ監督作品

初出勤

失業した主人公は、タクシー運転手としての初日を迎える。大変な客ばかりで散々な一日。

ラストが「え!?これで終わり?」って感じで尻切れトンボでした(^^;;

エンドクレジットの音楽も、不穏な雰囲気。この監督は、この世の中の不条理さを描きたいのかな?


検査結果

HIV検査の結果を聞きに来た男。しかし、カルテが見つからない!!まさか…陽性だったのか!??

今までの女性関係を必死で辿っていくシーンはなかなか笑えるというか、まぁ私自身同じような心配は今まで無きにしも非ずだったので、ブラックジョーク的な感覚でしたけどw

いかにもラテンなノリでいちゃついちゃう主人公と、病院嫌いの子がいかにも思い描きそうな医者の模写が割りと笑えるコメディ…かと思いきや、ラスト病院から出た直後にまたもや不穏な空気……

「過去から学ばない」ってのは今まで私も色々あったけど、さすがにこうして客観視すると危うすぎて心配すぎる…(^^;;あれだけ冷や汗かきまくりだったのに、ケロっと忘れる便利なお気楽機能搭載の主人公w

そういう性格ってなんて自分に似てすぎるんだ(´Д` *)笑えるww

…だけどHIVの実際問題としては全く笑えないセックスの時の避妊と感染症予防は、避妊具使ってても万が一を想定して、本気で一生をかける覚悟で挑みましょうってことですねw


ベイビー

映画撮影、赤ちゃんがどうしてもシーン通りに泣いてくれない(´Д` )!さて、どうする?

撮ってる映画のテーマは「いかに幼少期の家庭環境が、その後の人生に影響を与えるか」。

そういった映画を撮って、おそらくは「夫婦仲良く、子供を大切に育てれば素敵な大人として成長する」ってことを映画で伝えようとしているのであろう状況で。

赤ちゃんを泣かせようとするわけです。映画の為に。大切なことを伝えるためには犠牲は必要ってことなのか?

赤ちゃんはそら恐ろしい変顔の嵐で、多分一生分のトラウマを背負ったことでしょう!(変顔は笑えるけどw)

でもやっぱり後味は…不穏。
あの子のその後が心配。

ハジホ監督の作品全編、すべてそんな感じの「未来のない今」で終わるラストだから、なんだかモヤモヤしてしまった。希望は感じられないし

最後には、壇上に監督ご本人が登場し、インタビューとなりました★
仕事しながら給料で映画作ってるらしい!!全部自費制作ってすごいなぁ。私もその心意気、見習わないと

この映画祭の素敵な所は、こうして作品を作ったご本人が登場したり、客席に普通に座って鑑賞してたりすることだよなぁ~。

私の英語は小学生レベルなので、話したくてもうまく通じないですけど(^^;;

次は…
ドン・ハーツフェルト監督作品

きっとすべて大丈夫
休憩3D
あなたは私の誇り


何だかおかしくなっていくビルの日常。病がどんどん忍び寄って…。

すごくシンプルな描写のアニメなんだけど、饒舌で味わい深くてキラキラしたものが潜んでいてドローン音としてBGMで流れているような…

多分。普通に観ると、バッドトリップでシュールで不穏で、限りなくエントロピー飽和状態のアウトサイダー世紀末アニメなんだろうけど…。

主人公ビルは脳の病気だから、本当に夢の中のように時間感覚もなく、空間認識もあいまいなまま進んで行くんだけど、

その物語の進行の仕方がまるで本当の夢を見ているみたいで、病気になってからの感覚も映像からすべて伝わってくる気がしたし、体が死んだ後はこんな風に一生を回想するんだろうなってリアルに感覚として感じられる作品でした。

まるで、全部主人公だけではなくて私自身も体験してるみたいな感覚。
まるで、もうすぐ私も死ぬ運命にあるから、「死ぬ前に予行練習しとけよ!」って親切な人が用意してくれてた映画、みたいな感じ。

この後見た映画もほとんどが世紀末ムード全開で、同じように「死ぬ心の準備」をさせるかのようなものばかりだったなぁ。

みんな気づいてるハズだもんな。
ただ、安易に不安感を煽っても仕方が無いけれど★実際この世界がどうなるかなんて全然分からないのだし。

でも、もしこれから死ぬしか無い状況になるのだとすれば、「死ぬのって、今までに比べたらそんなに悪くない、むしろあまり変わんないね」って言ってるみたいな、気落ちしないで死ぬ準備が出来そうな擬似体験映像だったハーツフェルト監督の作品がベストだったかも♪

ダークナイト・ライジング



観てきました!
前回に引き続き深いです、圧倒されました。
ベインVSバッドマンっていう構図は、確実にイスラム社会VSアメリカ資本主義社会を風刺しているのは一目了然で、何よりも、各キャラクターが自分の信念を貫いて散っていく姿に感涙でした。

ベインもバッドマンも共に、強い信念と愛(エゴを究極まで捨てる)を抱き続けたその姿は、感動すると同時に滑稽でもあり…

それは私には、ベイン側のアナーキズムも、バッドマン側の資本主義階級社会もどちらも真に理想的とは言い難い社会に見えるし、どちらの側にも同じだけ極端な理想化と絶望が詰まっているから、両方を突き放した視点でみるしかないからなのだろうけども。

原作とはまた違ったバッドマンを作り出したノーラン監督へ大リスペクトと感謝を贈りたい気分です(・ω・*)★

地獄のイコノソフィア



久々に『地獄の黙示録』


地獄の黙示録 特別完全版 [DVD]地獄の黙示録 特別完全版 [DVD]
(2009/07/17)
マーロン・ブランド、マーティン・シーン 他

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私の映画ベスト3の中に入ってる映画のひとつなんですが

内面世界の探求の物語、特に恐怖への向き合い方については誰よりも詳しく教えてくれた映画だけど、反戦だけでなく、今の社会への批判としても当てはまるし、色々な比喩として成り立つなぁと改めて実感。

ゲド戦記然り、戦争映画の服を纏った、現代のアイデンティティ探索の物語(最後に倒すのは、シャドウである自分自身)であり、社会風刺、神話映画でもあるよなぁと。

そして、映画を観ながら中沢新一の『イコノソフィア』を読んでいたのだけど…

イコノソフィア―聖画十講 (河出文庫)イコノソフィア―聖画十講 (河出文庫)
(1989/10)
中沢 新一

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ちょうど本の第三講-聖ジョージの竜退治-という章を読みながら…気がつくと

『生贄によって形成される社会システム』について書かれた文章と、目の前に繰り広げられる映像が絶妙なシンクロ状態に(*´Д`*)==

まさにカーツ大佐は、彼のいうところの竜、あらゆる恐怖の戦争の渦中にいる人たちにとってのスケープゴート。
彼の殺害は神話的に必然だったんだ、と再解釈★


つまり…中沢新一によると、カオスが渦巻く世界では、新しいシステムを構築する際にスケープゴートが必要になるそう。

今までは、誰かを凶弾にあげる人を見ると、ユングの言う所の『投影』なんじゃないか?(自分自身内部の過剰な部分を他者に投影し、その相手を攻撃・抹殺する儀式をすることで『自分』という存在への確信を固める)そういう自分本位なシステムを形成するやり方は、自我を増長させるばかりで身勝手で、卑怯なやり方じゃないか?と反発感しか感じなかったけれども…

どこかの誰かが、カーツ大佐を殺害しなければ、この悪循環からは抜け出せない。新しいシステムは、古いシステムを破壊し、その悪循環を断ち切らなければならない。物で隙間なく埋め尽くされた不毛な大地には芽も出ず、成長もできない…。

っていうのが、軍内部での直視したくない自分自身の狂気を【投影】した結果の考えで、臭いものに蓋をするようにカーツ大佐ひとりをスケープゴートにして消し去ろうとしている、っていう否定的な見方だけをしていたのだけど。(そして、彼らがまた同じ人々を生み出して巡り巡る悪循環が、まさに今の社会そのものな気がする。そういう意味で、この映画は社会批判とも読み取れるよなぁ)

…でも、中沢新一によると私とあなた、感情だけになって対立する世界では、客観的で理性的な俯瞰した視点が欠けていて、その欠けた第三者の視点を生み出して進化するためにはスケープゴートという、私でもあなたでもない第三者の存在(追放された部外者としての)が必要になるのだと。

なるほど、確かにそういう視点もあるんだなぁと目から鱗でした!

確かに、第三者の冷静な視点を生み出す必要があった…
って視点で考えるのは発展的だし、実際に2つの対立するものから新たな3つ目が生まれるには、まずは2つの反対勢力をひとつに結びつけなければならないだろうし、そのためには2つを結びつけるためのきっかけになる生贄の存在が必要なのかも。それは進化の法則でもあるのかもしれない★

そう考えると、今までのエントロピー増大、分離相反カオスに向かって真っしぐらの時代から新たな時代を生み出すためには、生贄となる犠牲者が必要不可欠だということじゃないんだろうか?

今の現実では、その犠牲者というのは震災の被害者の方々だろうし、これからますます熾烈を極めるだろう災害での犠牲者の方々なんだろうと思う。

その犠牲者の方々によって、分離していがみ合っていた人たちがひとつに融合出来る。きっと、災害でみんなが犠牲者の人々の苦難を知ることによって第三者の視点があることに気づけるのじゃないか?つまり、犠牲者とは違う、あなたと私の共通点である【生きている】って事実が実感されてくるし、困難な時代だけど【みんなで助け合おう】って共通の目的が生まれて、今までのやり方ではない、もっと俯瞰した全体像から導き出される新しいやり方が見えてくるからじゃないだろうか?


…ちょっと話がずれたけど、映画の中では、カーツ大佐と向き合い血みどろの殺害の儀式を体験したのはウィラード大尉ただひとり。そして、その同じ空間・時間を共にし、同じように儀式体験をしたのはカーツ大佐率いるカーツ帝国の人々だけ。

そういった儀式は、実際に肌身で感じ、体験してみることで変容をもたらすものなのだろうから、実際に儀式を体験し、そのインパクトを痛烈に体感した彼らの中では、カーツ大佐というスケープゴートの死から新しいシステムが生まれる体験となり得たんだろうと思う。

そして、カーツ大佐は類稀な感性の豊かさと創造力やカリスマ性で、辛うじて世界との繋がりと存在意義を創り出すことが出来てはいたけれど…

生来の詩人だった彼が、軍人としての完ペキな冷徹さや限りなく純粋に近いに暴力にバラバラに引き裂かれてしまった末路、すでに崩壊したカーツ大佐という人の残骸のみがとどめを刺してくれと助けを求めて喘いでいた所に、あのエンディングだったんだろうな。

『恐怖…』

被害者であった人がある時点で取り込まれて同じ加害者になり、どんどんドグマにがんじがらめに飲み込まれていって、また被害者がどんどん生まれて同じ加害者になって飲み込まれていって…

鼠算式恐怖の大量生産(´Д`lll)
暴力の源は恐怖…

やっぱり、この映画を内面的に見た後の最大の教訓は【自分の恐怖を知り尽くし、飼い馴らせ】【敵を知り尽くせ】ってことなんだろうな。

つまり、意識の外に追いやった感情は、必ず狂気という竜として舞い戻ってくるのだから、自らを騎士のように奮い立たせ、最大限の勇気を持って竜と対決し、征服し、その役割から解き放ってやるまでは、狂気と混沌の世界からは抜け出せない…っていう風に読み取れるのかなぁと。

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