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ルドルフ・ハウズナー

rudolf_hausner_adam_potrojnie_obramowany_1986.jpg


今日はちょっと彼氏と行きつけの居酒屋まで飲みに行ってきました。

明日がレポートの〆切だってのに、全くどうしようもない奴です。

さぁて。これから書くかな☆

2000字なんて楽勝だね!

なんて、豪語したクセに、昨日から全く進んでないし。

でも彼氏と会って欲求不満解消☆やる気復活~♪

ところで、みなさん。


ルドルフ・ハウズナーっていう画家を知ってますか?


rudolf_hausner_adam_i_pegaza_1983.jpg

rudolf_hausner_ogrod_wiednia_1961.jpg



彼の作品についてレポートを書こうと思っていたのだけど、ネットで検索してみたらこの画家についての日本語の情報がほとんどなくて途方に暮れる始末です。

結構有名な画家のはずなのに。

学校の図書館にも英語版の画集しかなくて読めないし、そもそも日本語版が出ているかどうかさえ怪しいです。

翻訳サイトで日本語変換するしかないかな。

私の持っている「幻想リアリズム展」のパンフによると、彼はウィーン幻想派の代表的画家だそうです。

このウィーン幻想派というのは、シュルレアリズムと同じようにフロイトの心理分析にかなりの影響を受けているそうで。

でも、無意識の世界だけを成り行き任せな手法で表現したシュルレアリズムとはちょっと違っていて、無意識と意識の両方を意図的に再構築して表現した流派だということです。

私の描き方とちょっとだけ似てるかも。

絵を一枚一枚見ていくと、何らかの意図があって描かれたように見えるけれど、実際に画家自身が何を思って描いたのかは不明。

すごく気になる。

謎解きをしている気分。

すごく分析的な思考と想像力を呼び起こす絵だな、と思う。

強烈な色使いにもとても心惹かれます。

作品はこちらで見れます↓
http://www.gnosis.art.pl/iluminatornia/sztuka_o_inspiracji/rudolf_hausner/rudolf_hausner.htm

コメント

ハウズナーの他、フックス、レームデン、ブラウアー、フッターらがいますが、私はレームデンが好きです。私のまわりでも、レームデンの人気は群を抜いています。彼はまるで水墨画を描くように描いていて、東洋的で、日本人の感覚にうったえるものがあるのかもしれません。他のメンバーたちの作品は緻密に仕上げられ、東洋的な水墨画などのようなあっさりとしたものとはかけ離れている気がします。しかし、無意識と意識の共時的表現とは、ハウズナーの作品のどこのどの部分がそうなのかシュルレアリスムと比較し、今分析中ですがなかなかつかめません。どう思われますか?できれば返答コメント載せてくださると嬉しいです。

こんばんは☆
コメントありがとうございます^^
画学生さんはレームデンが好きなんですね!

レームデンの絵は私も好きです♪
そう言われてみれば、彼の絵はすっと入り込めるような間がありますよね。確かに日本的かも!!

シュルレアリスムとウィーン幻想派の違い・・私もよくわかっていないのですが・・・
私の大好きなレオノール・フィニという人の言葉がその違いをうまく言い表しているような気がするので、ちょっとその一文を引用したいと思います。

「私の絵が夢だとは言いません。いいえ、そこには”夢のメカニズム”があると私は言いたいのです。ですが、絵には客観化が伴うので、夢とは反対のものになるのです。」
 ――――(レオノール・フィニ展<2005年>パンフより)

私はシュルレアリスムとウィーン幻想派の違いは、外見的なものよりは内面的なもの、考え方にあるんじゃないかと思います。シュルレアリスムが夢(ユングが言うところの集合無意識)の世界を表現しようとしたのに対して、ウィーン幻想派は画家自身の個人的な体験や感情を、夢のように現実の時間や空間を離れた別の次元のイメージで捉え、それを分析しようとしたということではないかと。

言い換えれば、シュルレアリスムが無意識のイメージそのものをキャンバスに叩き付けたのに対して、ウィーン幻想派は無意識のイメージを一旦意識というふるいにかけて、そこから抽出されたものをまた意識的、無意識的に再構築したのではないかという気がします。

なので、シュルレアリスムの絵が切り抜かれた夢の断片だとすれば、ウィーン幻想派の絵は画家自身にとっての自己分析結果だと言えるのかもしれません。

シュルレアリスムのオートマチズムがうまく夢の世界を表現できる方法なのかどうかはよくわかりませんが、きっとウィーン幻想派の方々は、絵を描こうとモチーフを夢の中から選び取っている時点で、すでにそれは無意識のものではなくなってしまっているというシュルレアリスムの弱点を見出しているんだろうと思います(勝手な推測ですけど)。

具体的にハウズナーの絵のどのヘンがどうだってことは全然わからないんですけど、彼の絵は見ている人に何かを一生懸命訴えようとしているように思えます。

すみませんm(_ _)m調子に乗ってついつい長くなり過ぎました(^^;)ヾ
うまくまとまりませんが・・・ こんなんでどうでしょうか?

画学生さんはウィーン幻想派について研究なさってるんですか?

コメントありがとうございます。ウイーン幻想派について研究しています。少し長いですが、ハウズナーの 

「シュルレアリストたちの間で問題になっているのは、‐少なくとも彼らの理論からすれば‐無意識の内に生じる事象の記述であるが、私の作品は無意識と意識の共時性を表している。‐ 中略‐1964年に私はパリのシュルレアリストたちから、彼らとシャルパンティエ画廊で共同展を開催するために、招待を受けた。私は私の作品《アダム自身》を画廊に展示して、そこでこのグループの名だたる作家たちと知り合い、またとりわけ彼らの領袖たるアンドレ・ブルトンの知己を得た。そこで生じた活発な議論の際に、私はすぐさま異端邪説の片隅に追いやられてしまった。このサークルの中では、絵画の中の理性的な要素が何物かを動かし得るという説は、涜聖に値したのである。シュルレアリストたちの無意識に対する極端な関心のもちようについて、私は彼らと袂を分かった。私にしてみれば理性と論理は無意識同様に魅力的であって、このふたつのシステムが共時的に存在することが、最も大きな関心の的だったのである。」
;ウイーン幻想派展,読売新聞社,1992から抜粋~

という言葉がとても気になっていました。しかし、ぴろさんの的確な分析、コメントのおかげで自分が判断していたのとは別の判断、見方を体験することができました。関連のあるフィニの引用までされるとは、コメントというよりは短い芸術論のような文ですね。よく勉強しておられますね。

随分とレスが遅くなってしまい、申し訳ないですm(__)m

もう見ていらっしゃらないかもしれませんが・・・

ハウズナーがシュルレアリストたちの理性への無関心から袂を分かつことになったとは知りませんでしたヘ(゚□゚)ノ!!

実際、無意識のみに焦点を絞って描くことはほぼ不可能だと思いますし、理性的にならずに心の闇を探ることが出来るとは思えませんし(迷子にはなれるかもしれませんが・・・)、
私はウィーン幻想派の進んだ道は必然だったのじゃないかと思います。

フロイトの精神分析が登場したばかりの当時には、無意識のみを取り上げて研究や実験を繰り返すことで何らかの発見や意味があったのだとは思いますが・・・現代の意識研究はどんどん進んでますし、意識と無意識が連続的なものであることは皆周知の事実だと思うので、ハウズナーらウィーン幻想派の出現は時代を反映していたのではないでしょうか。

あと、ハウズナーの絵についてあれからまた、いろいろ考えてみたのですが・・・やっぱりよくわからないです(^^;)

ハウズナーの絵には自画像や妻(マリア様みたいな)や何度も繰り返し登場するモチーフがあるようですが、この反復に彼が何らかの意味を込めているのは確かだと感じます。

まるで夢診断みたいな謎解きをしているみたいで、頭がこんがらがって痛くなってきました(≧o≦)ここはユング派心理学者や象徴研究家の方にお任せしましょう;(笑)

ってことで、お役に立てなくてすみません;

何か発見がありましたら、コメント下さると嬉しいです^^☆

お待ちしてま~す♪

http://de.wikipedia.org/wiki/Rudolf_Hausner
この人の絵に佐藤一郎先生が惹かれたらしい
ドイツ語はどうでしょう。
もうレポートはおわったでしょうが、今も絵を描いていらっしゃいますかと思いつつ・・・。

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