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雑草クッキング part1

暖かくなってくる今時期、サバイバル本能が疼いてソワソワ落ち着かない毎日ですが

最近、マッサージのお仕事で身体が筋肉痛だったり疲れ気味なのに、猛烈に外に出っぱなしで活動してたのもあって、

そろそろ体ヤバイかもとか、もっと自分の身体を労わらなきゃなぁと思い…


『やっぱり、食が大切だよね☆』

『食といえば、やっぱり住んでる土地で採れる、ネイティブな食べ物が一番イイらしい♪』

『そうだ、その辺に生えてる草が一番健康にイイに違いない!』



という結論に達しました(^^

そんなワケで、旭山公園に潜入して、藪の中から色々収穫してきました☆



本日の料理
『シロツメクサ(クローバー)』を食べようpart1

シロツメクサ(クローバー)の花の天ぷらを作ってみましたー☆



なんの変哲もない天ぷらですが、

中身はコレ




作り方

その辺の街中の道端に咲いてるのじゃなくて、山の中とか大きい公園の丘とかに咲いてるシロツメクサを探します♪
(排気ガスとか汚染物質の影響を考えると、街中で採取するのは避けた方が無難かなぁと☆)

見つけたら、花の部分だけ千切るか、切れ味のいいナイフで切り落とします

潰さないようにビニール袋か何かに入れて、家に持って帰ります☆

ボールに卵を溶いておきますもう一つのボールには、小麦粉か天ぷら粉を入れて、塩(クレイジーソルトもいいかも)を適当に入れて混ぜます

フライパンに浅く油を注ぎ、温めます。

シロツメクサを、卵粉の順にまぶします。(花は水で洗うと、水分が油で熱されてバチバチ跳んで危険なので、洗いません)

十分に熱した油の中に、まぶした花を投下します

4-5秒揚げて、すぐにキッチンペーパーを敷いた皿の上にあげます

全部の花を揚げて、出来上がり☆


食べ方は普通の天ぷらと同じ(^o^)

粉に塩を入れないでめんつゆとかでも食べられます

妖精さんに食べさせたけど、無事だったし

本当に普通に美味しいから、みんな食べてみて


ちなみに、予想以上に美味しかったので明日のお弁当の中身になりました♪

それにどうやら、強壮剤並みに栄養満点らしいので、精力とか免疫力とか衰えてる人にもいいかも

そのうち、野草弁当とか、野草定食とか作ってみようかな

そして、クローバーは花だけじゃなくて、お馴染み葉っぱの部分も食べられるようなので、次回は葉っぱの部分を料理してみようかなと♪

お楽しみにー(o^^o)♪

孤高の人

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原作は新田次郎の小説「孤高の人」。
実在の登山家、加藤文太郎を主人公にしたフィクション小説らしいですけど、コチラはまだ未読。

孤高の人 (上巻) (新潮文庫)孤高の人 (上巻) (新潮文庫)
(1973/02)
新田 次郎

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今出てる6巻まで読み終わりました☆

とにかく、人間社会からどんどん離れて山に向かっていく森が圧巻。

純粋だけど不器用な森という青年が主人公なんですケド、その繊細さと不器用さからいろいろなトラウマを抱え込んでいってしまい、固く心を閉ざして、ますます生きるのに不器用になっていくという悪循環。

そして、また同じようなトラウマ・・・

心の奥底で根本的な問題が解決していない場合にも、よく何度も同じような失敗や災難にあったりするものだけれど、

この主人公の森には、まるで、そうではない運命の力みたいなものが、なおさらひとりで登るように促してるかのように容赦なく降りかかってくるワケです・・・

人を不幸に陥れてしまったっていうトラウマで、無意識のうちに人を避けてしまったり、辛いのにあえて孤独を選ぶしかなかったり・・・

セックスへの恐怖・嫌悪感、関係の疎ましさ、そのいろんな悪循環のすべては、なによりも一番汚く穢れきったモンスターでしかない自分自身への嫌悪、

自分自身を受け入れず、ひたすら凶弾する他者と自分自身の声が、森の心をがんじがらめに束縛していたワケです。

そういう呪縛から解放されたい・・・そして、唯一彼を理解して受け入れてくれた存在である”山”へ、恋焦がれてひたすら追い求める森の姿に激しく共感☆



なんだか、映画の「グラン・ブルー」を思い出しました☆

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この映画のジャック・マイヨール(詳細メモ⇒1 2)も、人間社会に馴染めないまま、片時も自分の荷物を手放さず、財布に恋人のイルカの写真を入れて持ち歩いて、ひたすら深海を追い求めてたなぁと。彼もきっと海に呼ばれてたんだと思う☆

そして、彼も父を失ってしまった過去を持ってましたっけ。
もしかしたら、自分が父を助けられたかったせいで死んだのだと、自分を責めたのかもしれないなぁなんて・・・推測だけども。



きっと人がひたすら山や海や空に惹かれる理由っていうのは人それぞれなのだと思うけれど、

たぶん人間っていうのは、例えば、ひとりで自然の中に分け入って、突然ある瞬間にその自然に溶け込んでしまってひとつになってしまうような神秘体験を一度経験してしまうと、もうそれ以上の至福を見出せなくなってしまうものなのかも☆

それは自然の中でなくても、家の中での瞑想中とか、街の中をランニングしてる最中とかにも起こりえるものではあるけれど、

そういう体験にもっとも近づきやすい場所として、どこよりも高い山を登ったり、どこよりも深い海にもぐったりっていう極限的な選択肢を選ぶっていうのは、とてもよく分かる気がして。

そういう、明らかに命を捧げる覚悟をしなければ到達できないような、過酷な状況に挑む人たちの心の中には、なによりもそういう至福感への強烈な憧れがあると思うし、向上心によってというよりは、その強烈な恍惚感に恋焦がれるあまりに、自我を完全に捨てて命を捧げられるほどでなければ得られない、さらに究極のものを求めるようになっていくのかも。

大概の、命の危険はないけれど、何かにのめり込んでしまっている人たちの心の中にも、そこまで強くはないものの、似たような共通する感覚があると思っていて。

私もよく何かに没頭していると、限りなく自由な気分とか、笑いがとめどなく込み上げきて、なんでもできそうな気がしてくる力の湧いてくる感覚とか・・・たまにそういう感覚を感じることがあって。

そういうひたすら何かに没頭することで得られる気持ちの良さも、すべて、この登山家達が虜になってしまう圧倒的な恍惚感へと繋がっているんじゃないかと。

そして、それはよく言われる、瞑想中に到達する「悟り」の領域とも限りなく近いのじゃないのか?とも思うのだけど・・・。

ほんとうは、目的地も、そこへ行き着くまでの強烈な欲求も、絶え間ない努力もみんな同じで。

ただ、「そこへどうやって到達するのか?」っていうやり方が違うだけなのかなぁ、なんて思う今日この頃。

久々に壁登りたくなってきたし、クライミングでも行ってこようかな♪
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